スクラッチ・パッケージ・SaaSの損益分岐点|5年TCOで比較する選び方
業務システムを「作る・買う・借りる」のどれで進めるか。1ユーザーあたりの月額と開発費を5年間の総額(TCO)に並べると、判断の分かれ目が見えてきます。試算の型と、金額では決まらない3つの論点を解説します。

この記事でわかること
- 3方式は「初期に払うか、毎月払うか」で費用の形が違う。単年の見積書ではなく5年間の総額(TCO)で並べないと比較にならない
- 利用人数が損益分岐点を決める。月8,000円/人のSaaSと5年TCO1,000万円級のスクラッチなら、分岐点は20人強という試算になる
- 分岐点の手前でもスクラッチを選ぶ理由はある。業務の独自性・機能追加の意思決定を自社で持てるか・撤退のしやすさの3点
- 実務では「標準業務はSaaS、差分だけ作る」ハイブリッドが現実解になることが多い
「うちは自社に合わせて作るべきですか、それとも既製品でいいですか」——ご相談の初回で、かなりの確率で出る質問です。そして正直に言うと、この質問にその場で答えられたことはあまりありません。人数も業務の癖も分からないまま「作りましょう」と言う会社があったら、私ならその時点で警戒します。
ただ、判断の型はあります。この記事では、スクラッチ・パッケージ・SaaSの3方式を5年間の総額(TCO)に並べる方法と、金額では決まらない論点を整理します。金額は2026年8月時点の各種調査によるもので、出典により幅があります。
まず前提:8割の企業はすでにクラウドを使っている
総務省の令和7年版『情報通信白書』によると、クラウドサービスを「全社で利用」または「一部の事業所・部門で利用」している企業は 80.6%(2024年調査)。ファイル共有、社内ポータル、メール、給与・会計といった領域が中心です。
つまり「クラウドを使うかどうか」はもう論点ではありません。論点は、業務の中核をどこまで既製品に預けるかのほうに移っています。
3方式の違いを一行で
| 方式 | 考え方 | 費用の形 |
|---|---|---|
| スクラッチ | 業務に合わせてゼロから作る | 初期に大きく、以降は保守費 |
| パッケージ | 製品を買い、足りない分をカスタマイズ | 初期+アドオン+年次バージョンアップ費 |
| SaaS | 月額で借りる | 初期は小さく、毎月ずっと |
よく言われる「製品に業務を合わせるか、業務に合わせて作るか」という対比は的を射ています。ただ、この整理だけだと費用の判断には使えません。払い方の形が違うものを、同じ土俵に載せる必要があります。
数字の出発点
各方式の相場感を押さえておきます。
- スクラッチ — 小規模なシステムで200〜500万円程度、大規模・基幹系になると2,000〜3,000万円程度。人月単価は平均80〜120万円が目安です
- パッケージ — ライセンス費だけを見ると安く見えますが、判断材料はそこではありません(後述)
- SaaS — 1ユーザーあたり月額は数千円〜1万円前後が一般的。初期費用は無料のものもありますが、導入支援やカスタマイズを含めると10〜50万円程度かかるケースが少なくありません
社内にIT担当がいない会社ほど初期支援を外部に頼むことになるので、SaaSの初期費用は「0円」で見積もらないほうが安全です。ここは実務でよくズレます。
5年TCOで並べてみる
では実際に計算します。利用人数20名、期間5年という前提を置きます。
| 方式 | 初期費用 | 年間ランニング | 5年間の総額 |
|---|---|---|---|
| SaaS(月8,000円/人) | 30万円 | 192万円 | 約990万円 |
| パッケージ(アドオンあり) | 400万円 | 60万円 | 約700万円 |
| スクラッチ | 600万円 | 90万円 | 約1,050万円 |
ランニングは、スクラッチ・パッケージともに年間保守費を初期費用の15%として置いています(保守費の相場は初期の10〜20%が中心ですが、含まれる範囲で大きく変わります。詳しくは保守・運用費の相場にまとめました)。
この表で見ると3方式が意外と近い金額に着地します。ここが厄介なところで、初年度の見積書だけを比べていると、この構図がまったく見えません。SaaSは初年度なら約222万円、スクラッチは600万円。3倍近い差に見えてしまう。
分岐点は「人数」で動く
同じ前提のまま、人数だけ変えてみます。SaaSの5年総額です。
| 利用人数 | SaaSの5年総額 | スクラッチ(約1,050万円)との比較 |
|---|---|---|
| 5名 | 約270万円 | SaaSが圧倒的に有利 |
| 20名 | 約990万円 | ほぼ拮抗 |
| 50名 | 約2,430万円 | スクラッチが有利 |
逆算すると、この前提での分岐点は21人前後。数字にすると身も蓋もないのですが、私が現場で感じている肌感ともだいたい合います。10人以下の会社に数百万円のスクラッチを勧めることは、まずありません。
もちろん単価が月3,000円なら分岐点は50人を超えますし、開発費が300万円で済むなら10人でも逆転します。この表の数字を持ち帰らないでください。持ち帰るのは計算の型のほうです。
パッケージの「安く見える」問題
上の表でパッケージが最安になっているのは、アドオンを400万円の初期費用に含めた前提だからです。実務ではここが一番外れます。
パッケージ導入で費用が膨らむ要因は、だいたい3つに絞られます。
- アドオン開発 — 「標準機能で8割カバーできます」の残り2割が、業務の中核だったというパターン
- 年次バージョンアップ — アドオンを載せているほど、上げるたびに検証と改修が必要になる
- ベンダー都合の改修 — 製品側の仕様変更に、こちらが合わせる作業
導入費3,000万円のパッケージ見積もりに5年分のアドオン・保守・バージョンアップを加算すると、スクラッチと大差ない金額になるケースは珍しくない、という指摘もあります。ライセンス費の安さだけで選ぶと、3年目くらいに気づくことになります。
金額では決まらない3つの論点
分岐点の手前でもスクラッチを選ぶ理由はありますし、逆もあります。
1. 業務の独自性は「本物」か
「うちのやり方は特殊で」とおっしゃる会社のうち、話を分解していくと7割くらいは標準機能で回るというのが私の実感です。残りの3割に、本当に競争力の源泉が入っている。ここを切り分けずに全部作ると、標準業務の再発明に数百万円を払うことになります。
逆に、その3割が受注の決め手になっているなら、SaaSに合わせて業務を変えるのは事業の毀損です。金額の話ではありません。
2. 機能追加を自社の判断で決められるか
SaaS・パッケージでは、欲しい機能が実装される時期はベンダーのロードマップ次第です。「要望として承ります」で数年ということもある。スクラッチなら、優先順位を自社で決められます。
これはスピードの問題であって、良し悪しではありません。年に数回しか業務が変わらない会社なら、待てばいい話です。
3. やめやすさ
見落とされがちですが、実は一番効きます。SaaSは解約すれば止まりますが、データを持ち出せる形式かは確認が要ります。スクラッチは資産が手元に残る代わりに、作った瞬間から保守の義務が発生します。
私ならこの順序で決めます
実務での判断手順を書いておきます。
- まずSaaSを探す — 既製品で回るなら、それが一番安くて速い
- 合わない業務を言語化する — 「使いにくい」ではなく「この処理がこの順序でできない」まで具体化する
- 差分だけを作る — 2で残ったものが、投資する価値のある部分
3ステップ目が、最近もっとも現実解になりやすいと感じています。会計・勤怠・顧客管理といった標準業務はSaaSに任せ、自社固有の業務だけを作ってAPIでつなぐ。全部作るより安く、既製品だけよりも自社の形に合います。
このとき、つなぎ込みの費用を見落とさないでください。連携が絡むと工数は跳ねます。機能ごとの費用感は業務システムの費用を機能別に分解した記事が参考になるはずです。
まとめ
- 3方式は費用の形が違う。初年度の見積書ではなく、5年間の総額で並べる
- 分岐点を動かす最大の変数は利用人数。前提を置いて自社の数字で計算する
- パッケージはライセンス費だけで判断しない。アドオンとバージョンアップを積む
- 金額が拮抗したら、業務の独自性・意思決定のスピード・撤退しやすさで決める
自社のケースだといくらになるのか、まず概算を掴みたい方は、作りたいものを入力するとAIが約3分で見積もるAI見積もりを無料で公開しています。SaaSとの比較材料としてお使いください。
出典(2026年8月17日閲覧。相場は調査・出典により幅があります)
よくある質問
- スクラッチ開発とSaaSはどちらが安いですか?
- 利用人数と期間で逆転します。SaaSは1ユーザー月額数千円〜1万円前後が一般的なため、人数が少なければ圧倒的に安く、人数が増えるほど総額が膨らみます。5年間の総額で並べて比較してください。
- 損益分岐点はどのくらいの人数ですか?
- 前提次第ですが、月8,000円/人のSaaSと5年総額1,000万円級のスクラッチを比べると20人強が分かれ目という試算になります。単価も開発規模も案件ごとに違うため、自社の数字で計算し直す必要があります。
- パッケージ導入はスクラッチより必ず安いですか?
- 必ずしもそうではありません。カスタマイズ(アドオン)開発費、年次のバージョンアップ費用を数年分積むと、スクラッチと大差ない金額になるケースがあります。ライセンス費だけで比較しないでください。
- 3つのうちどれから検討すべきですか?
- まずSaaSで足りないかを検証するのが安全です。既製品で回らない業務が具体的に言語化できてから、その差分だけを作る順序にすると、投資額を抑えつつ失敗を減らせます。
- 費用以外で判断すべき点は何ですか?
- 業務の独自性、機能追加を自社の判断で決められるか(SaaS・パッケージはベンダーのロードマップに依存します)、そしてやめたくなったときの撤退しやすさの3点です。